【涙腺崩壊】加藤茶から、いかりや長介さんへの弔辞が今見ても泣けてくる。「長さん。アンタ、最後の最後に嘘ついたよなぁ」【弔辞全文】

いかりや長介さんが亡くなってから12年

あれから随分と月日は流れたが、加藤茶が長さんに宛てた弔辞を今見てもグッとくるものがあります。

いかりや長介さんの最期の仕事

 
 

霊きゅう車に手向けの「オイッス」

【涙腺崩壊】加藤茶から、いかりや長介さんへの弔辞が今見ても泣けてくる。「長さん。アンタ、最後の最後に嘘ついたよなぁ」【弔辞全文】

 いかりや長介さんの葬儀。残されたドリフのメンバー4人をはじめ、芸能関係者ら約800人の弔問客のほか、約1万人ものファンが記帳に訪れ、拍手で最後の別れを惜しんだ。出棺の際、ファンから霊きゅう車に「オイッス!」などの掛け声かかけられた。

 遺体に向かって「オイッス!」「ありがとう長さん!」と叫ぶ人々。中には「和久さん、お疲れさま!」と、「踊る大捜査線」でいかりや長介さんが演じた和久指導員の名前を呼びながら敬礼するファンの姿も見られたという。

 志村けんが18歳の時に、突然自宅に押しかけられ「弟子入りさせて下さい」と懇願されたいかりや長介さん。その後一度脱走されたが、二度目の弟子入りの際は一層厳しく接し、彼を超一流に引き上げた。

「(お笑いタレントになる)チャンスをもらったのはいかりやさんのおかげ。感謝してます」

 

 高校生の頃、卒業間際の1968年2月にいかりや長介さんの家へ直接押しかけ、雪の降る中、いかりや長介さん本人が夜中に帰ってくるまで12時間ほど待ち続け、弟子入りを懇願した。1週間後にいかりや長介さんから弟子入りを認められ、ドリフの付き人となった。

 ちなみに、一度脱走しており、弟子入りは二度経験したそうだ。志村けんにとっていかりや長介さんは何人にも代えがたい恩人だった。

 ただ、志村けんが和田アキ子のように弱い者いじめをする人とは一線を引いているのは、いかりや長介さんの付き人をやっていた頃のトラウマが原因とされている。

 
 いかりや長介さんの葬式に話を戻そう。

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